【議論呼ぶ決断】エベレストの難所「ヒラリー・ステップ」に“はしご”設置計画。登山の安全と神聖さのはざまで

社会・経済

ヒラリー・ステップが変わる? エベレスト登頂ルートに“はしご”導入で問われる登山の意味

世界最高峰・エベレスト(標高8,848.86m)の頂上直前にある、最後の難関として知られる「ヒラリー・ステップ」。
標高約8,760m地点に位置するこの約12mの岩場は、わずかな距離ながらも酸素の薄さと極限の疲労が重なり、数多くの登山者を苦しめてきた“死の一歩手前の壁”とも呼ばれています。

そのヒラリー・ステップに、ネパール政府が「はしご」を設置する計画を検討しているというニュースが、世界中の登山愛好家の間で物議を醸しています。

ヒラリー・ステップとは? 名の由来と伝説

ヒラリー・ステップ」は、1953年、ニュージーランド出身の登山家エドモンド・ヒラリー卿とシェルパのテンジン・ノルゲイが、世界で初めてエベレスト登頂に成功した際に通過した岩場として有名になりました。
当時の記録によれば、この垂直に近い岩壁を乗り越える瞬間が、彼らの成功を決定づけたと言われています。以降、この場所は彼の名前を冠して「ヒラリー・ステップ」と呼ばれるようになり、エベレスト登山象徴的な難所となりました。

しかし、2015年のネパール大地震の影響でこの岩場が崩落したとの報告もあり、従来の形状が変化しているとの指摘もあります。それでも依然として、ヒラリー・ステップは“最後の試練”として多くの登山者の前に立ちはだかっています。

ネパール政府が検討する「はしご」設置の狙い

ネパール政府は、エベレスト登山の安全性向上を目的に、ヒラリー・ステップに固定式のはしごを設ける案を検討しています。
この背景には、毎年増加する登山者による“渋滞問題”と、“滑落事故の多発”があります。

特に近年は商業登山が活発化し、経験の浅い登山者が多く参加するようになったため、ヒラリー・ステップでは登頂ルートでの長時間の待機が発生。
その間に体温低下や酸欠により命を落とすケースも少なくありません。
はしごを設置すれば、通過時間の短縮と事故防止につながる可能性があるのです。

賛否分かれる「はしご」設置計画

一方で、この決定には賛否が大きく分かれています。

賛成派は、「登山者の安全を第一に考えるなら合理的な判断だ」と主張します。
ヒラリー・ステップはすでに混雑による危険が増しており、登山許可を得て高額な入山料を支払っている登山者を安全に導くための措置だというのです。

対して反対派は、「エベレスト登山の本質を損なう」と強く批判しています。
自力で挑むからこそ意味がある”という登山哲学を重んじる登山家たちは、人工物を設置することが聖地エベレストの神聖さを汚す行為と捉えているのです。

エベレスト登山を巡る環境と制度の変化

ネパール政府は近年、エベレスト登山に関するさまざまな改革を進めています。

入山料の大幅な見直し

登山者に対するゴミ持ち帰りの義務化

登山許可の厳格化

これらは登山による環境破壊の抑制や事故防止を目的としています。
ヒラリー・ステップへのはしご設置も、そうした一連の施策の一環とみられています。

まとめ:安全か、挑戦か。エベレストが問いかけるもの

ヒラリー・ステップへの「はしご」設置計画は、安全性と登山の精神という二つの価値観の衝突を象徴しています。
確かに、命を落とすリスクを減らすという点では評価すべき動きかもしれません。
しかしその一方で、世界最高峰に挑むという“原点の意義”が薄れてしまうのではという懸念も残ります。

もし、はしごが設置されれば、エベレストはより多くの登山者にとって「到達可能な山」になるかもしれません。
けれど、それが「夢の山」としての神秘性を失うことにもつながるのではないでしょうか。

ヒラリー・ステップにかかる一本のはしご。
それは、単なる金属の橋ではなく、人類が“挑戦と安全”のどちらを選ぶのかを問う、象徴的な選択になるのかもしれませんね。

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