夢は、ときに意味深で、ときに奇妙なかたちで私たちの前に現れます。 「階段を降りていく夢」や、「荒野で突然戦闘が始まる夢」を見たとき、多くの人は「これは何かの暗示ではないか」「自分の状態は大丈夫なのか」と不安になります。
しかし夢は、未来を予言するものでも、善悪を裁くものでもありません。 多くの場合、夢が伝えているのは「今の自分がどこに立っているのか」という現在地です。
この記事では、「階段を降りる夢」と「荒野・ヘルモードの夢」という、印象の強い2つの夢を素材に、心理学的視点とスピリチュアル的視点の両面から丁寧に読み解いていきます。
読み終えたとき、夢に対する恐れよりも、「なるほど、そういう状態なのか」という静かな納得が残る構成になっています。
階段を降りていく夢
しっかりしたビルというかマンションというか、そんな固さがはっきりと分かる造りの「階段」を降りて行きその階の扉を開ける(開けようとする)夢をみた。
白というか薄いベージュというか、そんな色の固い造りに囲まれた階段を少し降りてドアみたいなものを開けようとしているのか、ドアはなくて直接、部屋のような空間に繋がっているのかは分からない。
階段を「23F」から少し下って行くのだが、下に行っているのに「24F」と出ていた。階段を降るシーンでは私一人だけなのだが、引率しているのか、仲間なのか、後輩なのか、分からないがもう一人女性が後方にいるようだった。だから、一緒の行動しているぽい感じもする。
ただ、この階段を「23F」から「24F」降るほぼ同じ夢を2回みた。
違うところは、後方にいるであろう女性が違う、ところだけ。
女性の顔も形も出てきていないが、明らかに違う女性だというのは分かった。で、この2回みた階段を下り、ドアを開けるのか、ドアがなくその空間へ行こうとするとその先が、真っ暗なところがある、というのを認識して終わる。
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夢のシーンが変わる。
西部劇でみるような荒野に一人いる私。リアルの私の姿ではなく、昔、流行った「ウォーリーを探せ」に出てくる、ウォーリーのような容姿と服装。ただし、背面部分しか見えていない。ズボンみたいのが、赤と、多分、白の横ストライプを履いていた。
天の声みたいなものなのが聞こえて来たのかか、それともその場に「文字情報」として出たのかは分からないが、「ヘルモード」だと分かった。
「”ヘルモード”、ゲームの世界なのか?」とすぐさま思えた。荒野の遥か前方には、背は低いがメタリックな建物のようなものがかなりあり、街があることも分かった。(砂漠を歩いていて遥か遠くにオアシスが見えるような感じよりは、はっきりと分かるくらいには。)
その低層の建物の中に、UFO(円盤型)のものが墜落したのか斜めに突き刺さっている状態のものをあった。UFOと建物の色は全く同じ。
私とその街までは、かなりの距離はあるのだが、街もUFOもはっきりと分かった。UFOや町並みをみていると、人型のものたちが割とたくさん、街の方向から歩いてくるのが分かった。多分、エイリアンかとは思うが明らかに人間のようだと思われた。
その一番先頭の人型の一人の胸に、私がイキナリ、自分の右脚のスネを使って胴回し回転蹴りのような一撃を入れた。この蹴り、めちゃくちゃ華麗に決まった。が、この人型、倒れもしないし、痛がりもしない。
私が心で思ったのか、口に出したのか、それとも天の声なのか、周りには誰もいないが、ギャラリーが声を発したような、そんな「声」がどこからか、聞こえてきた。
「イキナリ、蹴りは無いわぁ~~~」
こんな声だった。その声を聞いて、目が覚めた。
階段を降りていく夢が示す心理状態

最初の夢は、非常に現実感の強い「階段」が舞台です。 しっかりとしたビルやマンションのような構造、白や薄いベージュに囲まれた硬質な空間。これは心理学的に見て、非常に重要な特徴を持っている。
夢に出てくる「建物」や「階段」は、しばしば思考の構造や精神の安定度を象徴します。 この夢の場合、壊れそうな場所や不安定な足場ではなく、「固さがはっきり分かる造り」である点がポイント。
つまりこの夢を見ている時点で、精神状態そのものは決して崩れていない、ということ。 むしろ、理性や現実感覚はしっかりしており、「地に足がついた状態」に近いと言える。
降りているのに階数が上がるという逆転
この夢でもっとも象徴的なのが、「23階から階段を降りているのに、表示は24階になっている」という不可解なズレ。
心理学的に見ると、これは主観的な感覚と、無意識の評価が一致していない状態を示します。
本人の感覚では「下に降りている」「後退している」「掘り下げている」ように感じている。 しかし無意識のレベルでは、それを「前進」や「次の段階への移行」として処理している。
このズレは、迷いや混乱ではありません。 むしろ、これまでとは違う質の変化が起きているため、従来の「上がる・下がる」という物差しが合わなくなっている状態。
後方にいる女性の存在が示すもの
階段を降りる場面では、自分一人ではなく、後方に女性がいる感覚があります。 ただし顔も形もはっきりせず、しかも夢を2回見た際には別の女性であると認識されている。
これは特定の人物を示しているわけではない。 心理学的には、その時点で必要な「補助的な心理要素」を象徴している。
仲間なのか、後輩なのか、引率者なのかが定まらないのは、役割がまだ固定されていないから・・・。 同じテーマを、異なる視点や立場から無意識が反復処理している状態だと考えられる。
暗闇で終わる夢が示す本当の意味
階段を降りきり、扉を開けるのか、そのまま空間につながるのか分からない先に「真っ暗な部分がある」と認識したところで夢は終わっている。
ここで重要なのは、恐怖やパニックが描かれていない点。 ただ「暗いと分かる」だけで終わっている。
これは心理学的には、「今はそこまで踏み込む必要がない」という無意識の判断を示す。 危険だから止められたのではなく、処理としてはここで十分、というサイン。
荒野とヘルモードの夢が示す内的エネルギー
二つ目の夢は、雰囲気が一変している。 舞台は西部劇のような荒野。主人公は現実の自分ではなく、「ウォーリーを探せ」に登場するキャラクターのような姿。
心理学的に見て、これは自分そのものを前面に出さず、役割や仮のキャラクターを通して衝動を表現している状態。
本音や攻撃性、挑戦心を、直接「自分」として出すことにブレーキがかかっているため、キャラクターを被せて行動させている、ということ。
「ヘルモード」という言葉が意味するもの
夢の中で認識される「ヘルモード」は、悪や破滅の象徴ではなく、ゲームにおける最高難易度、つまり自ら課した過酷な条件を意味している。
心理学的には、「自分はこのくらいでなければならない」「簡単なやり方では意味がない」と、無意識に縛りプレイをしている状態。
能力不足ではなく、ハードル設定が高すぎるだけ。 この点を誤解すると、「自分はまだ足りない」という不要な自己否定につながりやすくなる・・・・
UFOと人型存在が示す世界との距離

遠くに見えるメタリックな街と、そこに突き刺さるUFO。 これは「異物=新しい価値観や役割」が、すでに世界側に組み込まれている象徴。
破壊は起きておらず、違和感はあっても世界は成立している。 つまり、環境や舞台はすでに用意されている状態。
そこから歩いてくる人型の存在は、敵か味方か分からない外界。 未知ではあるが、即座に脅威というわけでもない。
回し蹴りが効かない理由
夢の中で放たれる華麗な回転蹴りは、技としては完璧。 しかし相手は倒れず、痛がりもしない。
これは「力が足りない」のではありません。 使う順番が違うことを示している。
いきなり攻撃に出る前に、観察や調整が必要な段階であるにもかかわらず、行動が先に出てしまっている。 そのため、当たっているのに効かない、という感覚が生まれている。
「いきなり蹴りは無いわぁ〜」という声も、他者の批判ではなく、自分自身の内側にある冷静な観察者の声。
二つの夢に共通するメッセージ
一見まったく異なる二つの夢ですが、共通する核心は非常にシンプル。
それは、「一歩早い」ということ。
階段の夢では、扉の手前で暗闇を認識して止まる。 荒野の夢では、準備や距離を飛ばして先に攻撃してしまう。
どちらも、「間違っている」のではありません。 タイミングが少し先行しているだけ。
まとめ
この夢が伝えているのは、未来の予言でも、警告でもなく、今の自分が立っている「位置」を、非常に正確に映し出している。
土台は安定している。 次の階層にはすでに入っている。 世界や舞台も用意されている。
ただし、扉を開けるのはもう少し先。 力で突破する段階でもない、ということ。
今は、 見ること 待つこと 整えること
その流れに身を置くことで、夢が示した「次」は自然に開いていく。 夢は、そのことを静かに、しかし明確に伝えてくれている。


