事故を見る夢と順番を巡る夢の意味とは|心理学×スピリチュアルで深掘り解説

夢占い・スピリチュアル

夢の内容があまりにも具体的で、場面も多く、しかも感情が冷静なまま展開していく夢を見ると、「これはただの夢なのだろうか」と立ち止まって考えてしまうものです。 今回の夢は、フランスの雪山での交通事故日本の路上ライブ弁当屋の行列、そして不可解な人物とのやり取りなど、断片的に見えて実は一本の筋でつながっています。

1)場所はフランス。峠の山頂にいるようで、私と他もう一人と一緒にいるようだったが、もう一人の存在は見えない。
私らは車でこの峠にいるようで、多分車種は軽トラック。
車の中にいると、大型のトラックのようなバスみたいな車両が来てそのドライバー(外国人のいかついオッサン)が何やら怒りながら私らに言ってきているが、多分、道を開けろ、みたいなことだと思う。
私らは、道を開けたようで峠の道ではない崖みたなところから、先のドラバーの車を上から見ている。オッサンの車が動き出して峠の坂道を下りだした。先程までいた道路には雪はなかったが、今、私らがいる峠の道ではない崖みたなところにも雪があり、オッサンが下ろうをしている坂道のカーブを曲がったら、道路は雪が積もっていた。
私は「あ~あ、これはヤバイだろ」と声が出た。そして、確実に事故るだろうなとも思ったら、案の定、オッサンの車は雪で滑ってガードレールに車両の右側面が全部、一度激突し、車両の運転席部分と、貨物車両部分が分離していた。ここで、この車両が2つの構成の車だと分かった。貨物部分だと思われていた車両には、沢山の老人達が乗っていた。老人ホームの送迎か、老人たちの旅行か何かなのか分からない。ガードレールに激突後に分離したこの貨物部だと思われた車両がそのまま雪道を滑っていき、道の先に停車していた、別の車両(これもオッサンと同じような車両のようだった)に追突した。この追突された別車両からもオッサンが出てきて、先のオッサンと言い合いになっている。両方の貨物部分の車両からは、老人たちがぞろぞろと降りてきていた。なぜか、その場で炊き出しが行われていたのか、炊き出しが始まっていたのかは不明だがそんな感じになっていた。私らは峠の崖の上からこの光景をみていたはずだが、その炊き出しの会場のようなところになぜかいた。

ここまでで、一度目が覚めてから眠りについた。

2)今度は、場所は日本だと思う。車は走っていないが、一車線だが二車線くらいの幅の道路がある、歩道側(私がいるのは左)にいた。今度は私は一人らしい。反対側の歩道側(右)を見ると、5~6人の人だかりがあり、「なんだ?」と思ってその先を見てみると「GLAY」が路上ライブをしていた。TERUが熱唱しているようだが歌声どころか、声など何も聞こえない。GLAYのライブにしては数が少ないな・・・と思いつつ歩道を歩いていきその場を去る私。すぐに食堂らしきところの前について、その店を外から見ている私。店の扉が開いており中は見えるが扉付近のテーブルに座っているオッサン(日本人の中年)がこちらをみているが何も言ってこないし私も何も言っていない。どうやらこの店、食堂でなく、「ほか弁」屋で、店の中でも食べられる店のようだと分かった。店としては「ほっともっと」だと思うがリアルの「ほっともっと」はイートインスペースはない。「ほか弁」屋と気づくと夢の場面が少し進んで、「ほか弁」の「のり弁」を買ったらしい私は、違う部屋でイートインスペースが空くのを他の人達と一緒に一列になって並んでいた。列の順番が少しづつ進み、後、3~4人で私の番になるところで止まったら、足元付近にバラバラで、小銭が落ちていた。私の足元に100円玉が1枚、私の左前方1m付近に100円玉が1枚、その100円玉から右へ30cmくらいのところに1円玉が1枚見えた。私の側の100円玉をスルーして(普段の私は、1円玉でも落ちていたら拾う・・・)列を進もうとしたら、小学生くらいの女の子が私の足を払い除けて、100円玉を拾っていた。その行為の前にも落ちていた小銭を拾い集めているらしく、前方の100円玉と1円玉も回収していた。この女の子はなぜか私に敵意を持っているようだ。「拾ったお金は〇〇(何と言ったか聞き取れない)が落としたもの。それを返す為にやっている」みたいなことを言ってきた。彼女との会話はここまでで、場面は列の一番前にきた私。その場から10mくらい先へ一人だけ私自身の行動で、イートインスペースの会場だと思った部屋の入口にいる。その先はイートインスペースではなく、レストランのテーブル席のようなところでちょっと豪華な印象。ただ、テーブル席は6人で、3x3で座る長方形もの。私の順番を待っていると、その部屋の前方から4~5人が一列になって歩いてくる。どうも食事を終えて出ていくようだったが、その先頭の人物は「平秀信」先生だった。しかも平先生は40か50歳くらの若さだった。「なんで平先生が?」と思ったがそのまま通り過ぎていった。
その直後、私の順番が回ってきた。奥の6人席のテーブルの端が空いたのでそこに移動を始めた私。しかし、私を追い越してその席につく男性(日本人55歳くらい)。すかさず、「そこは私の席だ、順番を守れ」と静かに言うと、この男性は「私は盲目だ、だからここで食事をするんだ」と言って、彼のカバンからノートパソコンほどの箱を取り出して開けてみせた。その中には、オムライスほどの大きさと形をした楕円形で海苔でびっちりくるまれている「おにぎり」が1つだけあった。それを見られる私。私以外にも何人か周りでもその光景を見ているようだった。おにぎりも不思議だったが、この男性がどうみても「盲目」に見えない・・・と思ったら目が覚めた。

後もう1つ夢を見たと思う、若い女性のバンドみたいな感じの人が出てきたが内容は思い出せない。

本記事では、この夢を心理学的視点スピリチュアル的視点の両面から分析し、夢が示している現在の心理状態と立ち位置を整理していきます。 不安を煽るための解釈ではなく、「なぜこの夢を見たのか」「今の自分にとって何を意味しているのか」を丁寧に読み解くことを目的とします。

フランスの峠で起きた事故の夢が示すもの

夢の前半は、フランスの峠道という非日常的な舞台から始まり、車両は軽トラック、相手は大型車、しかも怒りを露わにする外国人ドライバーという構図。 ここで重要なのは、夢の中の自分が当事者ではなく観察者である点。

心理学的に見ると、山頂は「判断の分岐点」や「物事の見通しが立つ位置」を象徴。自分は事故を起こさず、しかも事故を予測できていたという点は、現実においても「無理な選択を避け、危険を事前に察知できている状態」を示している。

怒りと強引さが招く結果を“外側”から見ている

事故を起こしたのは、自分ではなく他人。しかもその事故は、雪という「見えにくい条件」が原因でした。 これは、感情勢いだけで判断する人が、状況の変化に対応できず破綻していく様子を象徴している。

スピリチュアル的には、これは「他者のカルマ的な結果」を自分は距離を保って見ている状態と解釈できる。巻き込まれていないこと自体が、現在の立ち位置が安全圏にあることを示している。

老人たちが乗っていた意味

事故車両の中に多くの老人が乗っていた点も印象的。老人は夢において「守られるべき存在」「過去の価値観」「弱い立場」を象徴。

誰かの無謀な判断が、結果として弱い立場の人にしわ寄せされる。この構図を、夢は非常に分かりやすく描いている。 そして私自身は、その構図を感情的にならず冷静に見ている

日本の路上ライブとGLAYが無音だった理由

場面は一転して日本へ移ります。GLAYという有名なバンドが路上ライブをしているにもかかわらず、音が一切聞こえない。観客も少なく、私はその場を静かに立ち去るだけ。

これは心理的に非常に分かりやすい象徴。 かつて影響力があり、感情を揺さぶった存在が、今の自分にはもう響かない状態を示している。

価値が消えたのではなく、距離が変わった

重要なのは、否定や嫌悪が一切ない点。 ただ「違う」と感じ、自然に離れている。これは心理的成熟のサイン。

スピリチュアル的には、これは「周波数の変化」とも言える状態。 自分の内面が変化したことで、同じものを見ても受け取り方が変わっただけ。

ほか弁屋の行列と小銭の夢が示す判断軸

弁当屋の行列、小銭、順番という非常に日常的な場面は、現実の価値判断そのものを象徴している。

普段なら拾うはずの小銭を拾わず、列を優先した点は特に重要。 これは「目先の得よりも、全体の流れや秩序を重視する判断」が無意識レベルで定着していることを示している。

正義を振りかざす子どもの象徴

小銭を拾った女の子は、正義を語りながらも敵意を向けている・・・・。 これは心理学的には「未成熟な正義感」や「正しさを盾にした攻撃性」の象徴。

私自身がこの存在と深く争わず、淡々と場面が進んでいく点は、もはやそのレベルに巻き込まれない状態を示している。

盲目を名乗る男と不自然なおにぎりの意味

最後に登場する「盲目だと主張する男性」は、この夢の核心部分。 彼は順番を破り、その正当化として“弱者”という立場を使っている。

しかし、どう見ても盲目には見えない。ここに強烈な違和感が出ている・・・・。

見えているのに見えないふりをする存在

心理学的には、これは「理屈は通っているようで、感覚的に納得できない人や主張」を象徴する。 スピリチュアル的には、「真実を隠し、立場を利用する存在」。

不自然なおにぎりは、内容に対して外側だけが過剰に大きい象徴です。 つまり、中身と主張が釣り合っていない、ということ。

この夢が示す全体的なメッセージ

この夢を通して一貫しているのは、私自身が感情的に巻き込まれず、常に一段高い位置から状況を見ているという点。

事故を起こさず、音に振り回されず、小さな得に執着せず、不自然な理屈に流されない。 これは偶然では無い、とはっきりと言える状態。

今の立ち位置は間違っていない

この夢は警告ではなく、確認。 「今の判断軸で問題ない」「焦って動く必要はない」という無意識からのメッセージと受け取るのが最も自然。

夢は未来を予言するものではない。しかし、現在の心理状態を驚くほど正確に映し出す。 今回の夢は、自分自身が冷静さと判断力を保った、非常に安定した状態にあることを示している。

まとめ

フランスの峠、日本の街、弁当屋の行列、一見バラバラに見える場面は、すべて「距離を取り、見抜く力」という一本の軸でつながっていた。

この夢が伝えているのは、「無理に動かなくていい」「自分の感覚を信じていい」という静かな肯定。 夢を見たこと自体が、自分自身の内面がきちんと整理されている証拠とも言える。

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