人と人は、実は「思ったより近い」とよく言われます。
その象徴として語られるのが、「六次の隔たり」や「ベーコン指数」です。
しかし一方で、こんな疑問を抱く人も少なくありません。
「理論上は近いはずなのに、なぜ現実では会えないのか?」
「道端の他人に頼んでも、芸能人にはたどり着かないのはなぜか?」
この違和感こそが、この話題の核心です。
前半:六次の隔たりが示すのは「会える」ではなく「つながっている」
「六次の隔たり(Six Degrees of Separation)」とは、
世界中の任意の二人は、平均して6人以内の知人関係をたどればつながる、という社会学の仮説です。
1960年代、スタンレー・ミルグラムによる有名な実験では、
全く面識のない特定人物に手紙を届けるため、
「知っていそうな人」にだけ転送していくという方法が取られました。
結果として、成功例の平均は約5~6人。
ここから「世界は狭い」というイメージが広まりました。
しかし、ここで決定的に誤解されがちな点があります。
六次の隔たりが示しているのは、
「人間関係のネットワーク上に経路が存在する可能性」であって、
「実際に会えること」ではありません。
「つながり」と「会える」はまったく別物

たとえば、あなたが芸能人Aに会いたいとします。
道端の見知らぬおばさんに、
「Aを知っていそうな人を紹介してほしい」
と頼んだとしましょう。
運よく誰かを紹介してもらえたとしても、
その先で話が止まる可能性のほうが、圧倒的に高いのが現実です。
なぜか。
理由はシンプルで、人間関係には次の壁が存在するからです。
紹介する動機がない
責任やリスクを負いたくない
なぜ会わせる必要があるのか説明できない
六次の隔たりは、
「知人の知人が存在するかどうか」
を測っているだけで、
信用
利害
社会的責任
といった要素を一切考慮していません。
芸能人には多層の「防御フィルター」がある
芸能人や著名人の周囲には、通常、
事務所
マネージャー
スケジュール管理
セキュリティ
といった複数のフィルターが存在します。
仮に知人ネットワーク上では近くても、
このフィルターを正当な理由なく通過することはできません。
つまり、
理論上の距離が近い=アクセス可能
ではないのです。
実験でも「途中で止まる」のが普通
実は、ミルグラムの実験でも、
すべての手紙が目的地に届いたわけではありません。
多くは、
面倒になった
自分が関わる理由がない
責任を感じたくない
といった、ごく自然な判断で途中停止しています。
成功例だけが平均値として語られている点は、
冷静に理解しておく必要があります。
後半:それでも「簡単に会える人」が存在する理由
では、なぜ世の中には
「芸能人や著名人に簡単に会っている人」
が存在するのでしょうか。
これは運や特別な才能の話ではありません。
共通しているのは、
「会う理由を最初から持っている」という点です。
理由① 利害が一致している
会える人たちは、個人的な願望ではなく、
仕事
ビジネス
メディア
イベント
といった明確な目的を持っています。
相手にとっても、
「会う意味がある」
「時間を使う合理性がある」
状態が最初から成立しています。
理由② 紹介者の信用が担保されている
重要なのは、
「誰が紹介するか」です。
業界関係者
信頼できる知人
立場が明確な第三者
こうした人物が間に入ることで、
紹介そのものがリスクではなくなります。
六次の隔たりが示すのは「人数」ですが、
現実で効いてくるのは「信用の重さ」です。
理由③ 社会的文脈を共有している
簡単に会える人は、多くの場合、
同じ業界
同じ価値観
同じ目的
を共有しています。
「なぜ会うのか」を説明する必要がないため、
話が自然に進みます。
これは、赤の他人からのお願いとは
まったく別のルートです。
六次の隔たりを「現実で使う」ために必要な視点
六次の隔たりは、夢のある理論ですが、
そのまま信じると現実とのギャップに苦しみます。
重要なのは、こう捉えることです。
世界は確かにつながっている
しかし「会えるかどうか」は別問題
会える人は、会う理由を先に作っている
人脈とは、数の問題ではありません。
意味と文脈の問題です。
まとめ
六次の隔たりは「距離の理論」
現実の面会は「動機・信用・利害の話」
会えないのは自然
会える人は、最初から条件を整えている
この違いを理解すると、
「なぜ会えないのか」ではなく、
「どうすれば会える構造に入れるのか」
という視点に切り替わります。


