人工甘味料をできるだけ避けて生活している、という人は意外と少なくありません。私自身もその一人です。成分表示を見ては棚に戻し、「これは今日はやめておこう」と判断する。特別な主義主張というより、長く続けてきた生活習慣のようなものです。
そんな私が少し悩む場面がありました。とある講義の前、ほぼ対面で行われる場ということもあり、「ミンティアかフリスクを口にしてから来てください」と半ば当然のように勧められたのです。
避けてきた人工甘味料を、どう扱うか。完全に拒否するのか、それとも割り切るのか。この出来事をきっかけに、私は自分なりの「例外的に摂取する判断基準」を整理することになりました。
人工甘味料を避けてきた理由と、ずっと感じていた違和感
人工甘味料を避けている理由は、とてもシンプルです。必要性を感じていなかったからです。
砂糖の代替として便利なのは理解していますし、国の基準で安全性が評価されていることも知っています。それでも、「無くても困らないもの」である以上、積極的に摂る理由が見つかりませんでした。
また、ゼロカロリー飲料や清涼タブレットを常用している人ほど、「甘さ」への感覚が変わっていく印象もありました。これは医学的な断定ではなく、あくまで個人的な体感です。
だからこそ、私は避けるという選択を続けてきました。ただし、それは危険だから拒否するという態度ではなく、不要だから距離を取るという判断でした。
講義前にミンティアを勧められたときの正直な気持ち

講義前にミンティアやフリスクを勧められたとき、最初に浮かんだのは戸惑いでした。
「必須」と言われてしまうと、こちらの価値観や体調よりも、場の都合が優先されているように感じます。実際、人工甘味料を避けている理由を細かく説明する場でもありません。
一方で、その場の空気を壊したいわけでもなく、講義そのものは受けたい。距離を置くという選択もありましたが、それはそれで余計な消耗を生む気もしました。
ここで私は、「食べる・食べない」という二択ではなく、量と頻度で考え直すことにしました。
一週間で一箱なら問題ないと考えた根拠
ミンティアやフリスクに使われている人工甘味料には、国際的に「一日許容摂取量」という基準があります。これは、生涯にわたって毎日摂取しても健康に影響が出ないとされる量です。
ここで重要なのは、「危険が出る境界線」ではなく、かなり安全側に寄せた基準だという点です。
仮に一週間で一箱の半分ほどの、20粒程度とすると、1日あたりは数粒以下になります。この量であれば、一般的な安全基準と比べても極めて少量です。
さらに、毎日常用するわけではなく、講義前という限定的な場面のみ。この条件であれば、健康リスクを過度に心配する必要はない、というのが私の結論でした。
ここで大切なのは、「安全だから無制限にOK」と考えることではありません。あくまで管理された例外として扱う、という線引きです。
避け続けることと、柔軟に折り合いをつけること
人工甘味料を避けている人ほど、「一度でも口にしたら負け」のような感覚に陥りがちです。しかし、生活の中では完全なコントロールが難しい場面もあります。
そのとき重要なのは、無理に我慢してストレスを溜めることではなく、自分の中で納得できる基準を持つことだと思います。
私の場合は、
・常用しない
・量を限定する
・自分で選択して口にする
この3点を守れるなら、例外的に摂取しても問題ない、という判断に落ち着きました。
これは誰かに勧めたいルールではなく、あくまで私自身の折り合いの付け方です。
まとめ
人工甘味料を避けてきた私にとって、ミンティアやフリスクを口にすることは、決して気持ちの良い選択ではありませんでした。
それでも、量と頻度を理解し、例外として扱うことで、無用なストレスを減らすことができました。
健康に関する判断は、白か黒かで決めるものではありません。自分が納得できるラインを見つけ、その範囲で柔軟に対応する。それもまた、長く続く現実的な選択だと感じています。
本記事は特定の食品や成分の摂取を推奨・否定するものではなく、一般的な情報と個人の判断を整理したものです。最終的な選択は、ご自身の体調や価値観に合わせて行ってください。


