5円玉を拾った日から気づいた、お金を大切にするということ
道に落ちていた5円玉を拾って感じたこと。
お金のご縁と感謝を綴ります。
ある日の仕事帰り、駅へ向かう道を歩いていると、道端に何か光るものが見えました。近づいてみると、それは1枚の5円玉。思わず立ち止まり、私はその小さな硬貨をそっと拾い上げました。今ではキャッシュレスが主流の時代。誰もが足早に通り過ぎていく中、道端の5円玉はまるで「誰かに拾ってほしい」と静かに待っていたようでした。
誰も拾わなかった5円玉、私が「保護」した理由
その場所には多くの人が行き交っていました。会社員、学生、買い物帰りの人たち・・・・。しかし、誰一人として足を止めて5円玉を拾おうとはしませんでした。私は不思議な気持ちになりました。
「お金は大切にしなさい」――小さい頃、誰もが一度は聞いた言葉のはずです。けれど、目の前の現実は違っていました。人々は忙しさや無関心の中で、“5円玉を拾う”というささやかな行為を忘れてしまっているのかもしれません。
私はその5円玉を「保護」しました。拾うというよりも、“保護する”という感覚のほうがしっくりきたのです。小さな命を守るように、そっと手に包みました。
お金はただの数字ではなく、感謝のエネルギー

私は普段から、落ちているお金を見つけたら拾い、お賽銭として神社に納めるようにしています。たとえ1円でも、それは誰かが手放した「ご縁」の象徴。日本語で「五円」と「ご縁」が同じ音を持つように、5円玉には特別な意味を感じます。
しかし、その日は近くに神社がありませんでした。しばらく行く予定もなかったため、私は別の方法を選びました。拾った5円玉を、近所のスーパーで使うことにしたのです。
「道端に放置されるよりも、誰かの役に立って流通するほうが、ずっと良い」 そう思いながらレジに差し出した5円玉は、まるで再び“命”を得たようでした。
お金を循環させるという考え方
お金は、止まるよりも流れるほうが価値を生みます。 誰かが落とした5円玉を私が拾い、私がそれを使うことで、再び経済の中を巡り始める。たとえわずか5円でも、その行為には「感謝」や「思いやり」のエネルギーが宿るように感じました。
キャッシュレス時代だからこそ、こうした小さな硬貨が教えてくれる“お金の原点”を大切にしたいと思います。
拾った5円玉がくれた小さな幸せと気づき
この出来事を通して感じたのは、「お金を大切に扱う人は、心も整う」ということでした。 お金を拾ったから得をしたわけではなく、その瞬間に“感謝”の気持ちを思い出せたことこそが、最大の幸せだったのです。
例えば、落ちているお金を見つけたとき、「ラッキー」と思うのではなく、「ありがとう」と思えるかどうか。そこには大きな違いがあります。感謝の心で拾えば、それはただの硬貨ではなく、「日常に潜む幸せのサイン」になります。
「拾う・使う・感謝する」——小さな習慣が心を豊かにする
私はこれからも、道に落ちているお金を見かけたら拾い、感謝して使おうと思います。 たとえそれが1円玉でも、そこには誰かの思いや労働の結晶が詰まっているのです。
もしあなたが次に5円玉を見つけたら、ぜひ立ち止まってみてください。拾って“保護”し、感謝の気持ちで使ってあげる。たったそれだけで、少し心が温かくなるはずです。
お金と「ご縁」を大切にして生きる

私たちは日々、数字としてお金を見ています。給与、支出、ポイント、電子マネー・・・・。しかし、お金の本質は「人の思いがつなぐご縁」です。
拾った5円玉が私に教えてくれたのは、「お金を大切にするということは、自分や他人とのつながりを大切にすること」だということ。 無機質に見える硬貨の中にも、温かい物語が宿っているのです。
今も私は、あの日拾った5円玉のことを思い出すたびに、なんだか少しだけ優しい気持ちになります。 お金を通じて、人と世界がつながっている——そんな実感をくれた小さな出来事でした。
次にあなたが道端で小さな硬貨を見つけたら、思い出してください。 それはただの5円ではなく、あなたに訪れた“ご縁”かもしれません。


