仕事の違和感は夢に出る|新部署2か月目に見た夢の分析記録

夢占い・スピリチュアル

「なぜ、あの夢はいまでもはっきり覚えているのか」

強烈なを見たあと、時間が経っても内容を忘れられない経験は、多くの人にあるはずです。特に、仕事や環境が大きく変わった時期に見る夢は、単なる空想ではなく、無意識からの“情報”であることが少なくありません。

この記事では、新部署に配属されて約2か月後に見た夢の記録をもとに、なぜその夢が現れ、なぜ記憶に残り続けたのかを、事実と心理の両面から読み解いていきます。

夢にまで出てきた違和感は、偶然ではない

今回扱うのは、夢をみた直後、きちんと文章として記録されていたものです。後から思い出して脚色した記憶ではなく、その時点の生々しい感覚が残っています。以下が、メモとして残したものです。

夢に出てきたガテン系20代後半くらいの女性と赤ちゃんが頭から離れない。

過去経験したことの無い夢をみた。

2年ほど前に退社した「Y野さん」と大きな車の車庫のようなガレージのようなところで立ち話をしていた。

そのガレージの真下に川が流れているようで、その川の横道の坂を上に登ろうとしている車(三輪自動車)が見えた。三輪自動車で雪の坂道を?無謀だろ・・・と夢の中だが思った。

その運転手は20代後半くらいの女性でガテン系のつなぎを着ていた。その車、坂道が半分くらい雪が降って凍っているらしく3分の一ほどの上ったところで下に落ちていった。

坂道の下の道路の先は川である。そのまま車ごと川へ転落するのは間違いなさそうな感じだったが、どうやったのか運転していた女性は車から脱出しており、傍らには赤ちゃん(籠に入っていた)もいた。

脱出した先が川の手前で川に今にも落ちそうで、その女性が助けてくれ、と言わんばかりに目が合った。声も聞こえた・・・・

私は冷静にこの距離でなぜ目が合う?私は目が近視で悪いんだけどなあ・・・と感じた。

とりあえず助けなければと周りを見渡すがロープなどもない。「Y野さん」も既に居なくなっていた・・・

近所に交番があったのをなぜか思い出し交番へ行くことにした。その道すがら、キックボクシングのジムがあったり、定食屋さんがあったりしてそこで食べた記憶も夢の中では蘇りつつ道を急ぐ。

交番につくと警察官と、誰かが話をしていた。警察官は昔の某テレビ番組に出ていたキャラの「ホモウダホモオ」にそっくりで夢の中ではあったが過去のテレビ番組もフラッシュバックされた。

女性の救助の件が至急だと分かっていたので警察官に事の顛末を話をする。そして警察官と私で救助へ外に出るだが、雪が積もった小路ばかりで女性がいる川まで辿り着けない。

すると警察官が「本当にそんな状況になっているか?」となぜか苦言をしてきた。そして「お前らはここらでうるさいと騒ぎになっているバンドメンバーではないのか?」となぜかこのような質問をしてきた。
挙句、「この小料理屋もお前らが騒いで破壊しただろうが!」と知らぬ罪を着せようとする。

そんなこと言ってないで女性の救助が先だろと心の中で思ったら、目が覚めた。

目が覚めたは後、トイレに行き、すぐまた眠りについたのだが、不思議なことに、この夢と全く同じ夢を見てしまった・・・・

こんな経験は初めてだ。先の夢と全く同じ夢を見るなんて・・・

助けを求める女性の目と声と籠に入った赤ちゃんが頭から離れない。

夢の舞台は、川のそばにあるガレージ、雪の坂道、制御不能な三輪自動車、助けを求める女性と赤ちゃん。さらに、警察に助けを求めても話が噛み合わず、状況が改善しないまま目が覚める──そして同じ夢を再び見る。

現実では、新部署に配属されて間もない時期でした。業務知識はほぼゼロ、研修は数時間のみ。人間関係も合わないと感じる相手が多数。物理的なデスク環境も落ち着かない。こうした条件が重なっていました。

重要なのは、「つらい」「嫌だ」という感情以上に、「これは本当におかしいのではないか」という理性的な違和感があったことです。

夢が示していたのは“感情”ではなく“構造”

夢の中で象徴的だったのは、雪の坂道を三輪車で登ろうとする場面です。現実的に考えて、これはかなり無謀な状況です。

この場面は、業務知識がほとんどない状態で実務に放り込まれ、「慣れればできるはず」と処理していた当時の状況と強く重なる。

ポイントは、本人が努力を怠っていたわけではない、という点。むしろ「頑張るしかない」と理解したうえで進んでいました。しかし、前提条件が整っていない状態個人の適応力に委ねる構造そのものが、どこか破綻している

夢は、その“構造の無理”を、事故が起きる状況として可視化していました。

助けを求めても噛み合わないやり取りの意味

夢の中では、警察に助けを求めますが、話が通じず、逆に疑われます。この場面は、現実で「問題提起しても改善されないだろう」「話しても無駄かもしれない」と感じていた心理と重なる。

制度や権威に訴えても、個人の違和感は拾われにくい。だからこそ、多くの人が「自分が慣れるしかない」と判断します。

夢は、その判断が間違っていると言っているわけではありません。ただ、「このやり方には限界がある」という事実を、強調して示していた・・・

なぜ、この夢は記憶に残り続けたのか

多くの夢は、目覚めて数時間もすれば忘れてしまいます。それにもかかわらず、この夢は細部まで記録され、今も再現できるほど鮮明。

その理由は明確。夢が感情処理ではなく、情報伝達”の役割を果たしていたからです。

当時の判断は、生活を維持するためには合理的でした。しかし同時に、「この状況はおかしい」という判断力を、心の奥に押し込めてもいました。

夢に出てきた赤ちゃんは、その判断力そのものです。未成熟で、守らなければ簡単に失われてしまう感覚。それが危険な場所に置かれているという構図が、強い印象を残していた。

仕事の違和感を夢として受け取る意味

この記事で強調したいのは、「夢を信じろ」という話ではありません。

重要なのは、夢を“材料”として使えるかどうかです。特に、環境の変化強いストレス下見る夢は、自分の判断や処理のクセを客観的に見直すヒントになります。

「我慢の範囲」「仕方ない」と処理したものが、夢の中ではどのような形で表現されているのか。それを振り返ることで、自分が何を優先し、何を切り捨てたのかが見えてくる。

夢にまで出てきて、それを記憶している──それ自体が、無視できないサインであることは確か。

まとめ

新部署配属後に見たこの夢は、単なる悪夢ではありませんでした。

業務設計の無理、人間関係の断絶、境界の曖昧さ。そうした現実の要素を、無意識が一つの物語として提示した結果です。

夢を記録し、あとから分析することで、「当時の自分が何を問題ではないと処理したのか」が明確になります。それは、今後同じ状況に直面したときの、重要な判断材料になります。

夢は未来を予言しない。しかし、自分の状態を正確に映す鏡にはなります。そう考えると、夢を記憶していること自体が、大きな価値を持っていると言えるでしょう。

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