戦国時代というと、合戦や裏切り、血なまぐさいイメージが先行しがちですが、その実像に迫る鍵は「手紙」にあります。中でも、織田信長が遺した書状は、彼の合理主義や人間的な側面を最も生々しく伝えてくれる一次史料です。
そんな織田信長の書状が、また一通、新たに確認されたというニュースが話題になっています。現存する信長の書状は約800通弱。その中でも、細川藤孝(幽斎)宛ての書状は、信長の本音が色濃くにじむ特別な存在です。
今回見つかったのは、まさにその「信長の素顔」を感じさせる一通でした。オラオラでイケイケな戦国武将というイメージとは少し異なる、意外な言葉がそこには記されていたのです。
織田信長の現存書状は800通弱という驚異的な数

画像:安土城址の石段
戦国武将の中でも、織田信長ほど多くの書状が現存している人物は多くありません。現在確認されているだけでも、その数は800通弱にのぼるとされています。
これは単なる偶然ではなく、信長が「文書による統治」を非常に重視していたことを示しています。命令、感謝、牽制、根回し。あらゆる政治的行為を、彼は書状として残しました。
つまり、信長の書状は単なる私信ではなく、戦国時代の政治・外交・人間関係を読み解くための“生きた記録”なのです。だからこそ、新たな一通が見つかるたびに、歴史研究の現場では大きな注目を集めます。
宛先は細川藤孝(幽斎)というキーパーソン
今回脚光を浴びている書状の宛先は、細川藤孝。名前を聞いてピンと来ない方でも、「細川幽斎」と言えば思い出す方は多いかもしれません。同一人物です。
藤孝は、室町幕府最後の将軍・足利義昭の側近として仕え、政治・文化の両面で重要な役割を果たした人物でした。特に和歌や古典への造詣が深く、後世では「文化人」としての評価も高い存在です。
その藤孝に宛てた信長の手紙が、今回新たに見つかったことで、「信長が彼をどう見ていたのか」という点に改めて注目が集まっています。
発見の舞台は永青文庫、60通目という節目
この書状を発見したと発表したのは、永青文庫と、熊本大学永青文庫研究センターです。
永青文庫は、細川家に伝わる膨大な歴史資料を所蔵しており、戦国史・近世史研究において極めて重要な存在です。その所蔵品の中から、これまでに織田信長の書状が59通確認されていました。
そして今回の発見により、ついに60通目。これは単なる「1通追加」という話ではありません。ひとつの文庫から、これほど体系的に信長の書状がまとまって見つかる例は極めて稀なのです。
元亀3年8月15日、452年前のリアルな声

今回見つかった書状は、元亀3年(1572年)8月15日に書かれたものとされています。今から実に452年前。気が遠くなるような時間を経て、なお現存していること自体が驚きです。
年代が特定できた理由は、信長が用いた花押(かおう)や文面の特徴によるものです。花押は信長自身の“署名”とも言える存在で、時期ごとに微妙な変化があります。こうした細部の分析によって、書かれた年代が高精度で割り出されました。
この頃、信長が居城としていたのは岐阜城。かつての稲葉山城を改修し、天下布武を掲げていた時代です。まさに、歴史の転換点に書かれた一通と言えるでしょう。
「あなただけが頼りです」に込められた信長の本音
書状の内容も、非常に興味深いものです。当時、足利義昭の側近たちの多くが、信長に対して贈り物どころか手紙すら送ってこない状況だったとされています。
そんな中で、細川藤孝だけは律儀に贈り物を送り、信長との関係を保っていました。信長はそのことに対する感謝を述べるとともに、「南方辺の領主で、忠義を尽くす者がいれば味方に引き入れてほしい」と依頼しています。
注目すべきは、その中で信長が藤孝に対し、「あなただけが頼りです」と伝えている点です。強圧的で独断専行なイメージの強い信長が、特定の人物にここまで率直な信頼を示すのは、極めて珍しいことです。
この一文だけでも、信長が単なる暴君ではなく、人を見る目と人に頼る柔軟さを併せ持った人物だったことが伝わってきます。
59通は国の重要文化財、そして公開へ
永青文庫で確認されている信長の書状59通は、すでに国の重要文化財に指定されています。戦国史研究のみならず、日本文化史全体にとっても極めて価値が高い史料であることは疑いようがありません。
そして、これらの書状は実際に目にすることができます。2024年10月5日から開催される秋季展「熊本大学永青文庫研究センター設立15周年記念 信長の手紙―珠玉の60通大公開―」です。
活字ではなく、実物の筆跡から感じる信長の息遣いは、きっと想像以上の迫力を持って迫ってくるはずです。
まとめ
織田信長の書状は、単なる歴史資料ではありません。そこには、戦国という不確かな時代を生き抜いた一人の人間の判断、迷い、信頼が刻まれています。
今回見つかった一通は、「強者・信長」という固定観念を少し揺さぶり、「人に頼り、関係を築こうとした信長」という新たな像を私たちに示してくれました。
452年の時を超えて届いた手紙が、今なお私たちの心を動かす。その事実こそが、歴史のロマンであり、信長という人物が持つ不思議な魅力なのかもしれません。
この秋、もし機会があるなら、ぜひ信長の“肉声”とも言える書状に会いに行ってみてはいかがでしょうか。


