三文判はOKなのにシャチハタ不可?今も残る謎ルールに納得できない

暮らし・雑記

会社や役所などで書類を提出するとき、今でもたまに目にするのが「シャチハタ不可」という注意書きです。

最初は特に疑問を持たず、「そういうものなのだろう」と思っていました。

ところが、もう一つ条件を聞くと、一気に話が分からなくなります。

「三文判ならOKです」

いやいや、ちょっと待ってほしい。

数百円、場合によっては100円ショップでも買えるような大量生産の印鑑はOKなのに、インクが内蔵されていて、押しやすく、失敗もしにくいシャチハタはダメ。

いったい、この違いは何なのだろうか。

調べていくと、一応の理由は理解できます。しかし、その理由を理解したうえでも、最後にはやはり同じ疑問へ戻ってきました。

「いや、それでも今の時代、シャチハタでよくない?」

そもそもシャチハタと三文判は何が違うのか

まず、シャチハタ三文判は、値段によって分類されているわけではありません。

一般的に「シャチハタ」と呼ばれているものは、印面にインクが染み込んでおり、そのまま紙に押せるインク浸透式のスタンプです。

朱肉を用意する必要がなく、キャップを外してポンと押すだけ。

一方、三文判は、安価に大量生産された普通の印鑑です。

「佐藤」「鈴木」「田中」といった名字が最初から彫られており、文房具店や100円ショップなどでも購入できます。

こちらはシャチハタとは違い、朱肉を付けて紙に押します

つまり、簡単に整理すると、

シャチハタ=インクを内蔵した浸透印

三文判=朱肉を使って押す安価な通常の印鑑

という違いです。

ここまでは分かります。

問題は、「なぜ片方だけダメなのか」です。

「朱肉のほうが印影が長く残る」という理由は分かる

シャチハタ不可の理由として昔からよく言われるのが、印影の保存性です。

一般的な朱肉には顔料系の材料が使われており、適切に保存された紙であれば、印影をかなり長期間残すことができます。

契約書など、長期保存する書類にも使われてきました。

昔の浸透印やスタンプインクについては、朱肉と比較して経年変化や退色が懸念されていた事情もあったのでしょう。

ここについては理解できます。

「正式な文書だから、長期間安定して残る印影を使いましょう」

そう説明されれば、筋は通っています。

ところが、ここで現代の書類事情を考えると、また疑問が出てきます。

そもそも、その書類を何十年保管するのか

もちろん、不動産取引や相続関係、重要な契約など、非常に長期間保存する可能性のある文書は存在します。

そうした文書なら、慎重な運用にする意味は分かります。

しかし、世の中の「シャチハタ不可」とされている書類のすべてが、そこまで重要な文書でしょうか。

社内申請書

確認書

届出書

ちょっとした承認書類

数年、長くても一定期間保存したあと、保存期限が来れば廃棄されるような文書も大量にあります。

そう考えると、どうしても思ってしまいます。

この書類の印影、本当に30年も50年も残す必要があるのか?

もし実際の保存期間が5年や10年程度なのであれば、現代の品質の高い浸透印で実務上困る場面は、かなり限定されるはずです。

しかも三文判ならOKという不思議

さらに納得しにくいのが、三文判可という条件です。

本人確認の厳密性を重視しているというなら分かります。

実印を押し、印鑑証明書まで添付してくださいと言われるのであれば、非常に筋が通っています。

本人しか持っていないことを前提とした印鑑によって、本人の意思確認を強く担保したいわけです。

ところが、三文判は違います。

大量生産されています。

「田中」という名字の三文判なら、同じような印鑑を他の田中さんも簡単に購入できます。

極端に言えば、本人以外の人でも買えてしまいます。

つまり、

本人確認能力が高いから三文判はOK、という説明にはならない。

ここが非常に引っかかります。

100円ショップで買ってきた三文判を朱肉につけて押せばOK。

自分が普段から使っているシャチハタを押したらNG。

セキュリティの差なのかと言われれば、どう考えてもそこではない。

むしろシャチハタのほうが実務では便利ではないか

そして実際にハンコを押す人間の立場からすると、シャチハタには明確なメリットがあります。

朱肉が不要

毎回ほぼ一定の濃さで押せる

朱肉を付けすぎて文字が潰れることも少ない

逆に朱肉が足りず、印影がかすれることも起きにくい

印鑑を朱肉に押し付けたあと、机や書類を汚す心配も少ない

そして何より、ポンと押すだけなので圧倒的に楽です

大量の書類を扱う職場であれば、この違いは地味に大きい。

三文判を取り出す。

朱肉のふたを開ける。

朱肉を付ける。

押す。

印面を確認する。

朱肉を閉じる。

印鑑をしまう。

これを何度も繰り返す。

対してシャチハタなら、キャップを外して押して終わりです。

それなのに、わざわざ「便利なほうは禁止」というルールになっている。

実務をやっている人間からすると、どうしても「なぜ?」と思ってしまいます。

結局「昔からそうだから」が大きいのではないか

そこで行き着くのが、印鑑文化そのものです。

昔から日本では、正式な押印といえば、

硬い印材に名前を彫る → 朱肉を付ける → 紙に印影を残す

という方法でした。

一方で、インクを内蔵したゴム印や浸透印は、どちらかというと事務用スタンプとして扱われてきました。

そのため、会社や官公庁などの規則にも、

「ゴム印・浸透印不可」

という考え方が定着したのでしょう。

その当時なら、一定の合理性はあったはずです。

問題は、その後です。

インクの性能は向上しました。

書類そのものも電子化されました。

電子署名や電子契約すら珍しくなくなりました。

それでも、紙の書類だけは昔と変わらず、

シャチハタ不可

という文字が残っている。

なんだか、技術だけが先に進み、規則だけが昔に置き去りにされているようにも感じます。

「朱肉なら全部OK」という単純な線引きが楽なのだろう

もちろん、組織側の事情も分からなくはありません。

浸透印の種類ごとに、インクの耐久性や素材を確認するわけにはいきません。

「このメーカーならOK」「このインクなら可」「こちらのスタンプは不可」などと細かく規定すれば、管理が面倒になります。

だったら、

朱肉を使う印鑑=OK

浸透印=NG

と一律に決めてしまう。

ルールを運用する側としては、そのほうが圧倒的に簡単です。

そこも理解できます。

ただ、それは「シャチハタに問題がある」こととは別の話です。

言い換えれば、技術的な必然性ではなく、管理上の都合による線引きになっている可能性が高いわけです。

本人確認が重要なら実印、そうでないならシャチハタでもよくないか

ここまで考えていくと、個人的には非常にシンプルな疑問に行き着きます。

本人確認が本当に重要なら、実印や印鑑証明を要求すればいい。

一方で、そこまで重要ではなく、三文判でも構わない程度の書類なのであれば、

「じゃあシャチハタでもよくないか?」

と思うのです。

実印とシャチハタの間に明確な差があるのは分かります。

しかし、三文判とシャチハタの間に、そこまで大きな本人確認上の差があるとは思えません

にもかかわらず、

三文判=正式

シャチハタ=ダメ

という扱いだけが残っている。

ここに、どうしても古い事務慣行の匂いを感じてしまいます。

印鑑だけでなく、仕事で使う「名前」についても、日常的な使い方と法律・公的手続きでの扱いには違いがあります。通称(ビジネスネーム)は法律的にOK?登記・特商法・確定申告での実際の扱いについても整理しています。

シャチハタ不可は「絶対に合理的なルール」とは限らない

もちろん、すべてのシャチハタ不可ルールが無意味だと言うつもりはありません。

長期保存が必要な重要文書もあります。

押印方法を統一することで管理しやすくなるという組織側の事情もあります。

また、実際の運用では書類ごとに求められる印鑑の種類も異なります。

それでも、普通の社内書類や短期・中期保存の文書まで一律に、

「三文判ならOK。でもシャチハタは絶対ダメ」

と言われると、どうしても首をかしげてしまいます。

昔は理由があった。

その理由も理解できる。

でも、技術も書類管理も変わった現在、そのルールをそのまま維持する必要が本当にあるのか。

そこは一度くらい見直してもいいのではないでしょうか。

ハンコ文化そのものが急速に縮小している今だからこそ、なおさら思います。

「昔からそうだから」だけで不便なルールを残すより、今の技術と実際の保存期間に合わせて考え直してもいい。

少なくとも私は、「三文判OK・シャチハタ不可」と聞くたびに、これからも心の中でこう突っ込むと思います。

いや、それならシャチハタでいいじゃん!

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