北海道の山道や登山道でヒグマに遭遇する可能性を考えると、正直なところ「遭遇したら助からないのではないか」という不安が先に立つ。特に、羅臼岳のように実際に死亡事故が起きた場所では、安全対策が強化されたとしても、自然相手の危険が完全に消えるわけではない。
ヒグマが一回の出産で何頭産むのか?
ヒグマは、一回の出産でおおむね1~3頭、多い場合は4頭ほどの子グマを産むとされている。通常は2頭前後が多く、「母グマと子グマ2匹」という構図は、決して珍しいものではない。山道で親グマと子グマ2匹が並んでいる光景は、見た目だけなら自然の親子の姿にも見える。しかし、人間にとっては非常に危険な状況でもある。
ヒグマの子育てをするのは基本的に母グマだけで、父親のヒグマが家族のそばにいることはほとんどない。むしろ、成獣のオスは子グマにとって危険な存在になることもあるため、母グマは子グマを守るために単独で行動する。そのため、登山道などで「大きなヒグマ1頭と小さなヒグマ2頭」を見かけた場合、それは母グマと子グマである可能性が高い。
そして、子グマ連れの母グマは特に警戒すべき存在だ。母グマにとって、人間は子どもに近づく危険な存在に見えることがある。こちらに攻撃の意思がなくても、母グマが「子グマを守らなければならない」と判断すれば、一気に突進してくる可能性がある。
ヒグマの走る速さに驚愕
さらに恐ろしいのは、ヒグマの走る速さだ。ヒグマは短距離であれば時速50~60kmほどで走れるとされている。これは原付や市街地を走る車に近い速度であり、人間が走って逃げ切れる相手ではない。YouTubeなどで、車に向かってヒグマが突然襲いかかり、フロントガラスを攻撃したあと、走る車を追いかけてくる映像を見ることがあるが、あれは決して大げさな話ではない。
特に山道や林道では、車もすぐにスピードを出せるとは限らない。砂利道、カーブ、狭い道、見通しの悪さが重なれば、ヒグマの突進力がより恐ろしく見える。大きな体で時速50km以上の速度を出して迫ってくると考えれば、登山中に近距離で遭遇した時点で、人間側の主導権はほぼ失われる。
ヒグマに遭遇してしまったら終了か?
もちろん、「ヒグマに遭遇したら必ず終わり」というわけではない。遠くにいる段階で気づけた場合、ヒグマがこちらを避けてくれる場合、子グマ連れではない場合、食べ物や獲物を守っている状況ではない場合には、静かに距離を取って助かる可能性もある。
しかし、問題は近距離で突然出会ってしまった場合だ。こちらがヒグマに気づいた時点で、すでに距離が近い。しかも相手が子グマ連れの母グマだった場合、冷静な判断だけでどうにかなるとは言い切れない。走って逃げることはできず、間違った動きが相手を刺激する可能性もある。
だからこそ、ヒグマ対策で最も重要なのは「遭遇してからどうするか」ではなく、「そもそも遭遇しないようにすること」だ。フンや足跡を見つけたら引き返す。見通しの悪い場所では音を出して存在を知らせる。食べ物の匂いを管理する。単独行動を避ける。熊撃退スプレーを携行する。こうした備えは、安心材料ではなく、最低限の防衛策にすぎない。
ヒグマ事故があった登山道再開に対して不安
7/5に羅臼岳の登山道再開の報道に対して不安を感じるのは、大げさではない。看板やウェブサイトで注意喚起を強化しても、ヒグマの行動を完全に管理することはできない。登山道が再開されたという事実は、「安全が保証された」という意味ではなく、「危険を理解したうえで慎重に入山する段階に戻った」ということなのだ。
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羅臼岳だけではないヒグマ事故|登山道・林道で起きた重大事例

北海道・知床の羅臼岳で起きたヒグマによる死亡事故をきっかけに、登山道の安全性について強い不安を感じる人は少なくない。特に、ヒグマは時速50〜60kmほどで走ることができ、子グマ連れの母グマは防衛本能から攻撃的になる可能性がある。そう考えると、山道での遭遇は決して軽く見てよいものではない。
では、羅臼岳以外にも、近年ヒグマによる重大事故が起きた登山道や山林地域はあるのだろうか。直近5年ほどを見ると、純粋に「登山道での事故」と明確に言える事例は多くない。しかし、登山道、林道、湿原へ向かう道、山菜採りの山林まで広げると、非常に怖い事故は複数起きている。
特に重要なのが、北海道福島町の大千軒岳で起きた事故である。2023年10月31日、3人で登山中だった登山者が、登山道上で休憩していたところ、ヒグマが麓側の登山道から歩いて接近してきた。登山者は声を出したり、鳴り物を使ったりしたが、ヒグマは反応せず、そのまま襲撃。41歳の男性2人が負傷した。
さらに恐ろしいのは、同じ大千軒岳で、その直前にも死亡事故が起きていたことだ。2023年10月29日ごろ、22歳の男性が単独で登山を開始した後、ヒグマに襲われて死亡したとみられている。その後、同じ加害個体が10月31日に別の登山者を襲撃したとされており、大千軒岳では短期間のうちに死亡事故と負傷事故が連続して発生した形になる。
この大千軒岳の事故は、羅臼岳と同じく「登山」という行動の中で起きた事例として、非常に重く受け止めるべきだと思う。登山道だから安全、複数人だから安心、音を出せば必ず避けてくれる、という単純な話ではないことが分かる。
また、登山道ではないものの、山歩きや自然散策に近い事故として、2021年7月ごろに滝上町の浮島湿原方面の林道で起きた死亡事故もある。女性が浮島湿原方向へ向かって林道を歩いていたところ、ヒグマに襲われて死亡したとされている。湿原散策や林道歩きであっても、山中ではヒグマとの遭遇リスクが現実に存在する。
2023年10月13日には、釧路市阿寒町布伏内のシュンクシタカラ川沿いの林道でも事故が起きている。男性がマウンテンバイクを押しながら単独で林道を歩いていたところ、親子とみられるヒグマと遭遇し、親グマに襲撃された。子グマが近づいたため、母グマが防衛的に攻撃した可能性が指摘されている。
この事例は、子グマ連れの母グマがどれほど危険な存在になり得るかを示している。人間側に攻撃の意思がなくても、母グマにとっては「子どもに近づく危険な存在」と判断されることがある。山道で子グマを見かけた場合、その近くには母グマがいる可能性が高く、最も警戒すべき状況の一つだ。
さらに、2024年5月5日には、浦河町上杵臼のメナシュンベツ川付近で、山菜採り中の人がヒグマに襲われる事故も起きている。登山道の事故ではないが、山林や沢沿いでの野外活動中にヒグマと遭遇した事例として見れば、これも決して無関係ではない。被害者は20〜30メートルほど先にヒグマを発見した後、襲われたとされている。
こうして見ると、「羅臼岳だけが特別に危険」というより、北海道の山道、林道、湿原周辺、沢沿い、山菜採りの場所などでは、どこでも重大事故につながる可能性があると考えるべきだろう。
特に、登山道として明確に重要なのは大千軒岳である。羅臼岳と同じく、実際に登山中の人がヒグマに襲われ、死亡事故や負傷事故が起きている。登山道が整備されていることと、ヒグマの危険がないことはまったく別の話だ。
登山における安全対策と自然への向き合い方については、【議論呼ぶ決断】エベレストの難所「ヒラリー・ステップ」に“はしご”設置計画。登山の安全と神聖さのはざまででも取り上げています。
そして、登山道以外に目を向ければ、浮島湿原方面の林道、阿寒町布伏内の林道、浦河町上杵臼周辺なども、ヒグマ事故の記録がある場所として警戒すべき地域に入る。観光、登山、山菜採り、林道散策、湿原歩きなど、目的が何であっても、ヒグマの生息地に入る以上、危険は常にある。
ヒグマ事故の怖さは、遭遇してからでは対応が難しい点にある。遠くにいる段階で気づき、静かに距離を取れる場合は助かる可能性がある。しかし、見通しの悪い山道や林道で突然近距離遭遇した場合、人間側の主導権は一気に失われる。どうしようもない絶望的な状況になることが多いと思う。
ヒグマは、山の奥にいる鈍重な動物ではない。子グマを守る母グマは攻撃的になることがあり、成獣は車に迫るほどの速度で走る。そう考えると、登山道でのヒグマ遭遇は、単なる自然体験では済まされない。美しい北海道の自然と向き合うには、その裏側にある圧倒的な危険も同時に受け止めなければならない。


